「もう明日から行きたくない」「上司の顔を見ずに辞めたい」。そう思って退職代行を調べ始めた警察官の方に、最初にお伝えしたいことがあります。世の中にある退職代行サービスのうち、警察官が使えるのは一部だけです。
これは「サービスの質が悪い」という話ではありません。法律の建て付け上、そもそも警察官の退職を扱えない型があるということです。ところが「退職代行 おすすめ」で出てくる記事の多くは民間企業や会社員を前提に書かれていて、公務員、まして警察官の事情まで踏み込んでいるものはあまり見かけません。
私は警察官として約17年勤務し、40代で退職しました。私自身は退職代行を使わず、自分で辞職の意思を伝えて辞めています。ですのでこの記事は「使ってみた体験談」ではありません。条文と制度を確認したうえで、当時の自分が知りたかったことをまとめたものです。根拠になる条文はすべて出典を示します。
- 退職代行を調べているが、公務員でも使えるのか分からない方
- 辞意を伝えたいが、直接言い出せる状態ではない方
- 民間企業型と労働組合型と弁護士型の違いを知りたい方
- 公務員の退職手続きが民間とどう違うのかを整理したい方
結論|警察官が使えるのは「弁護士が運営する退職代行」だけ
先に結論を書きます。退職代行サービスは、運営主体で大きく3つに分かれます。
| 運営主体 | できること | 警察官の場合 |
|---|---|---|
| 民間企業 | 退職の意思を「伝える」だけ | 交渉ができないため実務上ほぼ機能しない |
| 労働組合 | 団体交渉として勤務先と交渉 | 組合に加入して交渉する方式が取れない |
| 弁護士・弁護士法人 | 法律事務として代理・交渉 | 使える |
料金だけで比べると民間企業の運営が安く見えます。しかし警察官の場合、安いほうを選ぶと「意思は伝わったが手続きが進まない」という中途半端な状態になりかねません。理由をひとつずつ説明します。

理由①|労働組合型が使えないのは、警察職員に団結権がないから
ここが最も見落とされている点です。労働組合型の退職代行は「労働組合が組合員に代わって団体交渉をする」という建て付けで成り立っています。つまり利用者がその組合に加入することが前提です。
ところが地方公務員法には、次の条文があります。
警察職員及び消防職員は、職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、地方公共団体の当局と交渉する団体を結成し、又はこれに加入してはならない。
地方公務員法 第52条第5項(e-Gov法令検索)
「結成し、又はこれに加入してはならない」と書かれています。警察職員は、勤務条件について当局と交渉する団体に加入すること自体が法律で禁じられているということです。消防職員も同じ扱いです。
都道府県警察の警察官は原則として地方公務員なので、この条文が直接効いてきます。なお警視正以上の階級にある警察官(地方警務官)は国家公務員の扱いですが、そちらにも同趣旨の規定があります。
警察職員及び海上保安庁又は刑事施設において勤務する職員は、職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、当局と交渉する団体を結成し、又はこれに加入してはならない。
国家公務員法 第108条の2第5項(e-Gov法令検索)
つまり階級を問わず、警察官は労働組合型の退職代行が前提とする「組合への加入」ができません。サービス側が受け付けてくれるかどうか以前に、団体交渉という土台が成立しないのです。組合が本人の使者として意思を伝えるだけなら民間企業型と同じ扱いになりますが、それなら組合を挟む意味は薄くなります。
理由②|民間企業型が「伝えるだけ」しかできないのは、弁護士法の壁があるから
民間企業が運営する退職代行は、本人の意思を勤務先に「伝達」します。ここまでは問題ありません。しかし、そこから先の交渉に踏み込むと弁護士法に触れます。
弁護士又は弁護士法人でない者は、報酬を得る目的で訴訟事件、非訟事件及び審査請求、再調査の請求、再審査請求等行政庁に対する不服申立事件その他一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務を取り扱い、又はこれらの周旋をすることを業とすることができない。
弁護士法 第72条(e-Gov法令検索)
これがいわゆる「非弁行為の禁止」です。退職日の調整、有給休暇の消化、貸与品の返還方法、未払い分の請求。こうしたやり取りは交渉なので、弁護士以外が報酬を得て代理することはできません。
「弁護士監修」とうたっているサービスもありますが、監修と運営は別物です。運営主体が株式会社であれば、できるのは伝達までです。依頼する前に、運営主体が弁護士・弁護士法人かどうかを必ず確認してください。
そもそも公務員の退職は、民間企業と手続きが違う
もうひとつ、前提として押さえておきたい違いがあります。
民間企業の正社員(雇用期間の定めがない場合)であれば、民法627条1項により、解約を申し入れた日から2週間の経過で雇用が終了します。極端にいえば、会社が納得しなくても期間の経過で辞められる仕組みです。
一方、公務員の身分関係は雇用契約ではなく任用によるもので、退職は「辞職の申出」に対して任命権者が承認し、辞令が交付されて効力が生じるという流れになります。私が辞めたときも、辞職願を出して受理され、最後に辞令を受け取る形でした。

ここで不安になる方が多いのですが、「承認が必要=辞めさせてもらえない」という意味ではありません。本人に退職の意思がある以上、それを不当に拘束することはできません。ただ、期間の経過で自動的に切れる民間の仕組みとは違い、相手方の手続きが挟まる分、話が長引きやすいのは事実です。だからこそ、交渉ができる相手に頼む意味が出てきます。
私が退職代行を使わなかった理由と、使ったほうがいい人
正直に書くと、私が退職代行を使わなかったのは「そういう選択肢を知らなかった」というだけの話です。当時は自分で伝えるしかないと思い込んでいました。
実際に辞めると伝えてからは、引き止めがありました。頭ごなしに怒られるようなことはありませんでしたが、「もう少し考えてみないか」「異動でどうにかならないか」という話は繰り返されました。心身が元気なうちは、それに向き合う余力があります。
問題は、その余力がないときです。私は同僚が体調を崩して休職に入るところを何度も見てきました。眠れない、朝起き上がれない、職場の建物を見ると動悸がする。この状態で引き止めの面談を何度も受けるのは、単純に危険です。
次のような状況なら、自分で抱え込まずに専門家を挟むことを検討していいと思います。
- すでに医師から休養を勧められている、または休職中である
- 辞意を伝えたが受け取ってもらえず、話が止まっている
- ハラスメントがあり、当事者と直接やり取りしたくない
- 有給休暇の消化や退職日について、譲れない条件がある
逆に、上司との関係が悪くなく、自分で伝える余力があるなら、費用をかけずに自分で進めるほうが早いことも多いです。退職代行は「使うのが正解」ではなく、消耗しきる前に使える手段のひとつという位置づけで考えてください。
依頼するなら、必ず確認したい3点
ここまでの整理を踏まえると、警察官が退職代行を選ぶときの確認事項は3つに絞られます。
- 運営主体が弁護士・弁護士法人か(「弁護士監修」ではなく「弁護士が運営」かを見る)
- 公務員、とくに警察官の対応実績があるか(弁護士であれば法律上は扱えますが、実際に受けるかは事務所ごとに違います。問い合わせの段階で必ず聞いてください)
- 料金に何が含まれるか(退職の意思表示だけなのか、有給消化や貸与品返還の調整まで含むのか)
とくに2番目は省略しないでください。弁護士が運営していれば法律上の壁はありませんが、公務員の任用関係を扱った経験があるかどうかで進み方は変わります。相談の入口は無料のところが多いので、依頼を決める前に「警察官だが対応可能か」を聞くだけでも意味があります。
弁護士が運営している退職代行の例
参考までに、弁護士法人が運営しているサービスをひとつ挙げておきます。LINEかメールでの相談から入れるので、まず「警察官でも対応してもらえるか」を確認する使い方ができます。相談した時点で契約する義務はありません。
弁護士法人ガイア法律事務所に相談してみる(無料)→繰り返しになりますが、弁護士が運営していることと、警察官の案件を実際に受けてもらえることは別です。問い合わせの最初に「地方公務員(警察官)だが対応可能か」と伝えてください。ここで話が合わなければ、別の事務所を当たったほうが早いです。
まとめ|「使えるかどうか」は料金表ではなく運営主体で決まる
- 警察官が使えるのは弁護士・弁護士法人が運営する退職代行だけ
- 労働組合型が使えないのは、警察職員に団結権がないから(地方公務員法52条5項/国家公務員法108条の2第5項)
- 民間企業型が伝達までしかできないのは、弁護士法72条の非弁行為の禁止があるから
- 公務員の退職は任命権者の承認と辞令で効力が生じる。期間の経過で自動的に切れる民間とは違う
- ただし「承認が必要=辞められない」ではない。意思があれば辞められる
私は自分で伝えて辞めました。それができたのは、たまたま心身に余力が残っていたからだと思っています。余力がなくなる前に、選べる手段を知っておいてください。知ったうえで「自分で言う」と決めるのと、知らないまま消耗するのとでは、まったく違います。
辞めたあとのお金や手続きについては、次の記事にまとめています。心身の不調が理由で迷っている方は、3つ目もあわせて読んでみてください。
辞めたあとにお金がどうなるかは、共済組合の給付として条文で整理しています。
※本記事は条文と公開情報にもとづく一般的な整理であり、個別の事案についての法的助言ではありません。実際の手続きは、弁護士など専門家にご確認ください。引用した条文はいずれもe-Gov法令検索で確認したものです(2026年8月時点)。






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